消化管外科 診療案内食道の病気と治療
食道の病気と治療
1.食道とは

食道は、長さ約25cm、太さ2~3cm、厚さ約4mmの管状の臓器で、首から胸の中を通り、横隔膜を貫いてお腹まで、咽頭と胃との間をつないでいます。食道の壁は、内側から外側に向かって粘膜、粘膜下層、固有筋層が順に重なり合わさっており、周囲の線維性結合組織のうち固有筋層を囲む部分は外膜と呼ばれます。消化や吸収の機能はなく、統制された蠕動運動により 喉から飲み込んだものを胃まで輸送する役割を担っています。
食道は椎骨(背骨)の手前を通り、その前方には上部では気管が、中下部では心臓が接しています。左から後方には大動脈が接しており、周囲を重要な臓器に囲まれて走行しています。
2.当科で取り扱っている食道疾患
当科では食道がん・食道胃接合部がんを初めとして、食道裂孔ヘルニア、食道アカラシア、食道憩室、粘膜下腫瘍など、食道疾患全般に幅広く対応しております。
3.各食道疾患について
a) 食道がんの概要
食道がんは、世界的には全てのがんのうち7番目に多く発生しており、2023年のがん統計(公益財団法人 がん研究振興財団)によると、国内で1年間に罹患する方が約27,000人、亡くなる方は約11,000人と予測されています。
食道がんには主に扁平上皮癌と腺癌という2つのタイプがあります。現在日本において8割以上を占める扁平上皮癌は、喫煙と飲酒がその主な原因と考えられており、飲酒すると顔が紅くなる(フラッシング)人ではリスクがより高まることも指摘されています。60~70歳台の男性に好発し、食道の中ほど(胸部中部)に最も多く発生します。一方、欧米では半数以上を占める腺癌は、胃食道酸逆流や肥満などが原因と考えられており、大半が胃とのつなぎ目近く(食道胃接合部)や下部食道に発生し、日本でも近年増加傾向にあります。
初期には症状がないことが多く、進行してくると、食べ物を飲み込んだときに胸の奥が痛む、食べ物がつかえる、体重が減る、声がかすれるなどの症状が出ることがあります。

食道がんは表在がんのうちから転移を起こしやすく、増大すると周囲の重要な臓器に浸潤しやすいなど、難しい要素の多い疾患です。しかし一方で、外科手術のほかに放射線療法を安定して行いやすく、内視鏡によってもアプローチ可能なほか、化学療法も進歩しており、治療手段の選択肢は多いと言えます。下に示す治療アルゴリズムを見てもわかるように、治療手段を適切に選択あるいは組み合わせる(集学的治療)ことで、戦略的に治療を行っていく必要があります。

b) 食道がんの治療法
食道がんの治療は主に、外科切除、化学療法、放射線療法、内視鏡的切除の4つによって成り立っています。当院は日本食道学会による食道外科専門医認定施設であり、複数の食道外科専門医・内視鏡外科技術認定医を含む外科スタッフが在籍している他、化学療法、放射線療法、内視鏡的切除の全てにスペシャリストがおり、互いに連携しあって専門的かつ網羅的な治療を行うことが可能です。
① 外科切除
基本的にはステージI~IIIまでが外科切除の適応となります。大半の食道がんが発生する胸部食道に病変がある場合、食道亜全摘術が標準の術式となります。下図のように、食道の大部分と胃の一部を周囲のリンパ節も含めて切除し、形成した胃(胃管といいます)を首または胸まで持ち上げて、残りの食道とつなぎあわせます。

ステージII, IIIに対しては、可能であればまずは化学療法を行い、その後に手術を行うことによって、はじめに手術を行うよりも予後が向上することが分かっています。当科では患者さん個々人の状態に合わせて、DCF療法、FOLFOX療法などを行っています。
手術は旧来、右胸を大きく切開して行われていましたが、近年、開胸手術から胸腔鏡下手術、さらにロボット支援下手術へと発展を遂げ、低侵襲化が進んでいます。当科では2022年度から、切除可能と考えられる全ての食道がんを対象にロボット支援下手術を行っています。

② 化学療法
腫瘍内科と連携して行っています。上述の術前化学療法のほかに、切除不能進行がんや再発がんに対しては、最新のガイドラインに従って、がん細胞の分子生物学的特徴や腫瘍量、年齢などを考慮し、免疫チェックポイント阻害薬を併用した化学療法も行っています。
③ 放射線療法
放射線腫瘍科と連携して行っています。周囲の正常組織へのダメージが少なくなるよう、腫瘍の形や体積に応じて照射量を調整する強度変調放射線治療(IMRT)が行える設備を有しており、効果的かつ副作用の少ない照射を行うことが可能です。
④ 内視鏡的切除
腫瘍の広さなどにもよりますが、基本的には深達度が粘膜層までにとどまっている場合、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)が適応となります。この専門家集団である消化器内視鏡科は消化器病センターとして当科と一体を成しており、密に連携しながら診療にあたっています。
c) 食道アカラシア
食道の運動機能に障害が生じ、下部食道の括約筋が正常に緩まなくなるため食べ物を正常に胃へと送れなくなり、つかえ感や嘔吐、胸痛などを引き起こす疾患です。当科では長年にわたり治療に取り組んでおり、バルーン拡張術や腹腔鏡下手術(Heller-Dor法)などを、患者さんの病態に応じて施行しています。
d) 食道裂孔ヘルニア
食道裂孔(横隔膜に空いている食道を通す孔)が広がって胃やその他の臓器が胸の中へはみ出した状態で、食道への胃内容逆流が生じます。逆流が高度になると薬剤抵抗性の食道炎や肺炎へと発展したり、はみ出した胃が捻れて通過障害などを引き起こすことがあり、外科手術の適応となる場合があります。
当科では腹腔鏡下手術(Toupet法、Nissen法)などを、患者さんの病態に応じて施行しています。
4.当科の特色
a) ロボット支援下手術
当科では、2022年度より腹臥位でのロボット支援下食道切除術を施行しています。食道がんに対するロボット支援下手術は、精緻な手術操作を可能にし、反回神経麻痺を含む術後合併症の予防に有用で、術後の入院期間も短くできると考えられています。
当科では切除可能と考えられる全ての食道がんに対してロボット支援下手術を行っています。開始からの3年間に行ったロボット支援下食道亜全摘術の術後経過を検証した結果、旧来の開胸手術はもとより、従来行っていた方法での胸腔鏡下手術と比べても、手術から退院までにかかった日数が統計学的に有意な差をもって減少しています。
反回神経麻痺や、侵襲的処置を要する術後合併症の発生も胸腔鏡下手術と比べて減少しており、これらは入院期間の短縮だけでなく、退院後の生活の質にもよい影響をもたらしている可能性があります。



b) 多職種の連携による総合的医療
食道がんの手術は身体的な負担が強いため、ただ手術するだけでは体力が大きく低下したり、合併症を起こすリスクが高く、手術前後のさまざまなサポートによってこれらを防ぐことが重要です。
当院ではかねてより食道がん治療に特化した多職種によるサポート体制の構築を進め、麻酔科、集中治療科、歯科(医師・歯科衛生士)やリハビリテーション科(医師・理学療法士・言語聴覚士)、薬剤師、看護師、栄養士らと共に連携し、栄養療法や呼吸理学療法、嚥下訓練、疼痛管理、口腔ケアなど、多角的なサポートを含めた医療を提供しております。
また、糖尿病や心臓病など、元々の持病があり治療への影響が懸念される方であっても、全ての内科・外科系診療科がそろった総合病院である強みを活かし、他科と連携した治療を行うことができます。
最初に外来を受診されたその日から、患者さんそれぞれの状況に応じた治療のプランニングを行い、必要なサポートを速やかに導入することで、よりよい治療を行えるよう努めております。また、社会支援部と連携することで退院後の生活にも早くから目を向け、ご自宅でのサポートを円滑に準備し、よりよい日常生活が送れるよう体制を整えております。